国際園芸博覧会のディレクションにあたってPart4(なぜ園芸博なのか)

守屋慎一郎

園芸博関連の一連の投稿としてはこちらが最後になります。最初の記事でも書いたとおり、最後は私がいまの時代に園芸博が必要だと考える理由について、述べさせていただければと思います。

まず前提として。私はこれからの日本について、人口減少を避けがたい与件と考えています。人口統計は数ある未来予測のなかでもっとも外れることなない予想だと言われています。日本の人口が減少していくこと。これはどんな少子化対策を施そうと、必ず訪れる未来だと思っています。

人口の減少は当然ながら経済の縮小を招くでしょう。資本主義は基本的に「成長」を前提とした経済システムなのであり、私たちは縮小を前提としつつどのように経済や社会を運営していくのかを真剣に考える必要があると考えています。

この縮小を前提とした経済社会システムの構築のなかで特に重要になるのがローカルな経済循環をどのように形成するか、そしてひとりひとりの生活者の幸福感(ウェルビーイング)をどのように形成していくかだと思っています。

この大きなテーマに対して、園芸博、園芸博が目指すグリーンイニシアチブは大きな可能性を秘めていると思います。

まずローカルな経済循環について。なかでも特に重要なのは食料自給の問題ではないでしょうか。現在世界中の都市が、グローバルな食糧生産の限界を自覚し、都市近郊農業の発展、農村と都市の連携に力を注ぎ始めています。アルメーレで紹介したアグロフォレストリーはまさにこうした動きのなかで生まれた発想で、伐採による大規模農地の開発(工業型農業)を目指すのではなく、都市を自給させるための持続可能な農業生産のあり方として提案されているように思います。横浜はいうまでもなく日本を代表する大都市であり、その横浜で農村と都市の連携を深めること、そのなかで食料自給率の向上に資する新たな社会実験を展開することは大きな意味があると思っています。

そしてウェルビーイングについて。すでに(SDGsと同様に)消費されていく言葉になりつつあるかもしれませんが、私は縮小経済を生きていくなかで個々人がどのように幸福を実現するのかを考えることはとても重要なことだと思っています。

最近こればかりしゃべっているので何度も聞いたよ、と思われる人もいると思いますが、このウェルビーイングを考えるうえで私が大切だと思っているのが、マズローが指摘する欲求段階説にある「自己実現欲求」の充足です。

マズローの欲求段階説は人間の欲求を階層にわけ、基礎的な欲求(生理的欲求や安全欲求)から、より高次な欲求(親和欲求や承認欲求)へと、段階的に欲求が高まっていくことを指摘するものです(興味ある方はググってください)。この欲求段階説のなかで最も高次な欲求と位置付けられるのが「自己実現欲求」です。

私はウェルビーイングとは、すべての人が自らの「自己実現欲求」を満たすことができる状態だと考えています。そしてそうした社会を実現していくためには、すべての人の自己実現欲求を肯定しつつ(もちろん公序良俗に反しない範囲でですが)、ある種バックキャスト的に、帰納的に、下層欲求を充足する社会インフラを形成していく必要があるのではないかと思っています。

私は園芸博は、こうした自己実現欲求実現の舞台として、とても大きな役割を果たしうるのではないかと思っています。現在園芸博では、催事と広報、そして市民参加を担当させていただいていますが、これら担当業務の範囲ではもちろんのこと、園芸博全体として、ひとりひとりの幸福な明日に向けて、ひとりひとりの自己欲求により、自己を表現できる場を創造していけたらと思っています。

花と緑はひとりひとりを幸福にしてくれる、とても大切なインフラです。アルメーレのレポートでも触れたように、花や緑で人は来ない、エンタメが必要との論調もあるようですが、私はそうは思いません。もちろんエンタメも必要なのですが、より重要なことは。ひとりひとりが幸福を感じられる、ひとりひとりの自己実現の舞台としての花と緑の風景を用意することだと思っています。そしてその風景は、下手なエンターテイメントよりはるかに高い集客力を持っていると思っています。

世界中の多様性あふれる庭園文化に触れること。日本の園芸文化の奥行きを知ること。緑の力を都市に生かす最先端の知見に出会うこと。都市と農村の新たな関係を体験できること。そしてそんな未来のなかで、自分自身の個性が尊重されること。そんな園芸博が実現できれば、私はこの園芸博は必ずや多くの人の共感をえらえれるものになると思っています。

まちに緑を、窓辺に花を。これは園芸博のもっとも基本的かつ重要なポリシーです。このポリシーを仮にグリーンムーブメントと呼びましょう。私は園芸博が目指すグリーンムーブメントは、これからの社会に必要な運動だと確信しています。メイン会場はもちろんのこと、まち全体で、日本全体で、国際社会とも連携して、グリーンムーブメントを拡大していけるよう、全力で取り組んでいきたいと思っています。